2016年6月18日土曜日

下り坂をそろそろと下る

■序章
・日本はもはや工業国ではない
・日本において今後抜本的な経済成長は難しい
・日本はアジア唯一の先進国ではない
・少子化対策としての文化政策が重要

■第一章
・地域活性化の手段としてのアート
・コミュニケーション教育としての演劇

■第二章
・世界からアーティストを呼び込む城崎の事例
・東京ではなく、世界に目を向ける

■第三章
・新しい入学試験の在り方を四国学院大学の事例から解説
・文化資本(センスや立居振舞い)の格差を是正する教育の重要性
・いかに多くの本物に触れる経験を積めるか
・地元の高校の進学率と地方の空洞化の関連

■第四章
・しんがりのリーダーシップ
・請われれば一差し舞える人物になれ
・文化の自己決定能力
・一人ひとりが芸術家となって感性を磨き、地域の付加価値を高めていく以外に近道はない

■第五章
・同じく下り坂を前にする韓国と日本が課題を共有できる可能性
・自国の文化を他者に強要しないという意味での異文化適応力

■終章
・脱大量消費社会における教育の在り方を考える重要性
・独自の発想やコミュニケーションを育む教育の重要性
・農産品やソフトの地産地消、再エネ、医療や介護の改革
・アジアの人々を受け入れる街づくり

※経済成長率≒労働人口成長率+技術成長率+資本成長率ということを考えると、人口減少が始まり、かつ、既に先進国である日本が抜本的な成長を遂げるのはハードルが高い。この現実を頭に入れた上で財政再建や今後の日本の在り方を考えるのは堅実だと思う。人口減については、文化政策や移民政策などで食い止めを図ることも重要だと筆者は指摘している。その上で、経済成長を前提としない社会の在り方、地域の持続の在り方を考えていく必要があるのではないか。この本の良さは、リアリスティックな見地に立ちつつ、筆者の経験から書かれている具体例が魅力的なこと、文化面など、普通の政策論ではあまり意識されていない点が指摘されているところ。
※セルジュ=ラテューシュは著作の中でもっとラジカルかつ、もっとグローバルな観点から脱成長を論じている。こちらの本はより、観念的かつ哲学的であり、刺激的ではあるが、具体的にどうすれば良いかということへの言及は薄い。ラテューシュの本とこの本を合わせ読めば、脱成長論の理論と実践をより意識できるようになるかもしれない。
※ラテューシュは雇用問題や教育問題にも言及していた。この本の中でもコミュニケーションとしての演劇教育や、文化施設のホームレス割引などが言及されていたのが興味深い。筆者もその構成を意識しているのかもしれない。

※地域の自立を支援するような援助の必要性
※横展開できる取組ではなく、その地域でしかできない取組こそ支援するべきではないか
※国の補助金だけでなく、クラウドファンディングとかで世界から政策資金を集められないか

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