■序
・財政状況や少子高齢化の現状を鑑みるに、歳出の選択と集中が求められている。
・集中の対象に選ばれた地区では人口と資本の集積が加速されるが、そうでない地区はどうすべきか?
・日本は古来より里山など、自然と共生する文化を育んできた。
・それらの文化は、近代化の過程で一旦忘れ去れてしまったかのようであるが、今一度その価値を見直すべきではないか?
■現状と課題
・本来であれば地方創生の中核資源たりうる豊かな日本の自然資本は、現在、危機に瀕している。
・特に山間部の産業が危機に瀕し、それが森里川海の危機に繋がっている。
・地域通貨や地域のバイオマス資源の活用により、これらの危機の打開に取り組むことが重要ではないか?
■目標と基本原則
・公共財としての森里川海の価値を認識し、その維持を社会全体で支えていく仕組みづくりを志向すべきではないか?
■具体的なアイディア
・バイオマスとしての森林活用
・ジビエや地産地消の推進
・クラウドファンディングを活用した政策資金創出システムの開発
Policy Talkerの書庫
2016年6月18日土曜日
脱成長は世界を変えられるか
■日本語版序文
・福島原発事故をきっかけに、脱成長に向けた動きの萌芽が日本にも見られるのではないか?
・脱成長とは、永遠の経済成長と大量消費という既存の経済モデルの転換を目指すこと。
・それはまた、我唯知足に表現される、古くからある日本の価値観を再発見することでもある。
■はじめに
・簡素な生活、内発的抑制に基づく文明の構築。
■序章
・エクアドルやボリビアでは自然は権利の主体として承認されている。
・エクアドル新憲法71条「自然、すなわちパチャママは、生命が実現し再生産される場所であり、その維持に対する権利およびその生命循環、構造、機能、進化プロセスの再生に対する権利と同様に、その存在の尊敬に値する権利を有する。」
・多くの様々な世界がそれぞれの居場所を得られる世界を創る。
・脱成長は一個のオルタナティブ・モデルではなく、様々なオルタナティブの母胎<マトリス>である。
■第一部
・地球は有限であるから、際限なき経済成長の道を追求することはできない。
・持続可能な開発と脱成長のコンセプトは必ずしも同一のものではない。
・ポスト開発学派は、問題の核心を、経済パラダイムの本質として把捉される経済成長理論におく。
・脱成長社会は貨幣の支配する社会でも、市場に依存する社会でも、賃労働制度を基盤とする社会でもない。
・求められるルールは生態系を保護する政策や労働法、企業規模の制約など。
・貨幣のグローバル化を規制し、新しいコンセプトの貨幣を創りだす。
・ローカル食品や再生可能エネルギーの活用を通して地域のレジリエンスを高める。
■第二部
・脱成長は、物質的なゴミのリサイクルに取り組むと同時に、社会から見捨てられた人々の再生にも関心を注がなければならない。
・脱成長と幸せの経済学の親和性。
・贈与、外部性の内在化の重要性。
・各共同体や広域地域圏が世界に開かれたままでオリジナリティを発揮できるのは、地域社会の自己組織化の能力の増大によってである。
・学校教育の再検討も重要。
■第三部
・これまでとは異なる複数の声に耳を傾けて、これまでとは異なる複数の道を開くこと。
・市民教育は、脱成長が既に実現している場合にのみ完全に可能となる。
・スローフードと脱成長の関係性。
■第四部
・雇用問題、環境問題、脱成長。
・脱成長の倫理は、個人レベルでの規律と世界への参加を接合する。
※ラディカルなとこだけ抜き出すとかなりラディアカルになるので、毒抜き版の要約と考えていただければ。
※色々と新しいコンセプトや世界の革新的な運動について言及があり、思考の幅を増やすという意味で面白いかも。
※地方創世や財政再建の在り方を批判的に再検討する際に、新鮮な視線を提供してくれると思う。
※ざっくりとした刺激的な方向性が示されていて魅力的な本だけど、具体策は自分で考えていく必要がある。
・福島原発事故をきっかけに、脱成長に向けた動きの萌芽が日本にも見られるのではないか?
・脱成長とは、永遠の経済成長と大量消費という既存の経済モデルの転換を目指すこと。
・それはまた、我唯知足に表現される、古くからある日本の価値観を再発見することでもある。
■はじめに
・簡素な生活、内発的抑制に基づく文明の構築。
■序章
・エクアドルやボリビアでは自然は権利の主体として承認されている。
・エクアドル新憲法71条「自然、すなわちパチャママは、生命が実現し再生産される場所であり、その維持に対する権利およびその生命循環、構造、機能、進化プロセスの再生に対する権利と同様に、その存在の尊敬に値する権利を有する。」
・多くの様々な世界がそれぞれの居場所を得られる世界を創る。
・脱成長は一個のオルタナティブ・モデルではなく、様々なオルタナティブの母胎<マトリス>である。
■第一部
・地球は有限であるから、際限なき経済成長の道を追求することはできない。
・持続可能な開発と脱成長のコンセプトは必ずしも同一のものではない。
・ポスト開発学派は、問題の核心を、経済パラダイムの本質として把捉される経済成長理論におく。
・脱成長社会は貨幣の支配する社会でも、市場に依存する社会でも、賃労働制度を基盤とする社会でもない。
・求められるルールは生態系を保護する政策や労働法、企業規模の制約など。
・貨幣のグローバル化を規制し、新しいコンセプトの貨幣を創りだす。
・ローカル食品や再生可能エネルギーの活用を通して地域のレジリエンスを高める。
■第二部
・脱成長は、物質的なゴミのリサイクルに取り組むと同時に、社会から見捨てられた人々の再生にも関心を注がなければならない。
・脱成長と幸せの経済学の親和性。
・贈与、外部性の内在化の重要性。
・各共同体や広域地域圏が世界に開かれたままでオリジナリティを発揮できるのは、地域社会の自己組織化の能力の増大によってである。
・学校教育の再検討も重要。
■第三部
・これまでとは異なる複数の声に耳を傾けて、これまでとは異なる複数の道を開くこと。
・市民教育は、脱成長が既に実現している場合にのみ完全に可能となる。
・スローフードと脱成長の関係性。
■第四部
・雇用問題、環境問題、脱成長。
・脱成長の倫理は、個人レベルでの規律と世界への参加を接合する。
※ラディカルなとこだけ抜き出すとかなりラディアカルになるので、毒抜き版の要約と考えていただければ。
※色々と新しいコンセプトや世界の革新的な運動について言及があり、思考の幅を増やすという意味で面白いかも。
※地方創世や財政再建の在り方を批判的に再検討する際に、新鮮な視線を提供してくれると思う。
※ざっくりとした刺激的な方向性が示されていて魅力的な本だけど、具体策は自分で考えていく必要がある。
下り坂をそろそろと下る
■序章
・日本はもはや工業国ではない
・日本において今後抜本的な経済成長は難しい
・日本はアジア唯一の先進国ではない
・少子化対策としての文化政策が重要
■第一章
・地域活性化の手段としてのアート
・コミュニケーション教育としての演劇
■第二章
・世界からアーティストを呼び込む城崎の事例
・東京ではなく、世界に目を向ける
■第三章
・新しい入学試験の在り方を四国学院大学の事例から解説
・文化資本(センスや立居振舞い)の格差を是正する教育の重要性
・いかに多くの本物に触れる経験を積めるか
・地元の高校の進学率と地方の空洞化の関連
■第四章
・しんがりのリーダーシップ
・請われれば一差し舞える人物になれ
・文化の自己決定能力
・一人ひとりが芸術家となって感性を磨き、地域の付加価値を高めていく以外に近道はない
■第五章
・同じく下り坂を前にする韓国と日本が課題を共有できる可能性
・自国の文化を他者に強要しないという意味での異文化適応力
■終章
・脱大量消費社会における教育の在り方を考える重要性
・独自の発想やコミュニケーションを育む教育の重要性
・農産品やソフトの地産地消、再エネ、医療や介護の改革
・アジアの人々を受け入れる街づくり
※経済成長率≒労働人口成長率+技術成長率+資本成長率ということを考えると、人口減少が始まり、かつ、既に先進国である日本が抜本的な成長を遂げるのはハードルが高い。この現実を頭に入れた上で財政再建や今後の日本の在り方を考えるのは堅実だと思う。人口減については、文化政策や移民政策などで食い止めを図ることも重要だと筆者は指摘している。その上で、経済成長を前提としない社会の在り方、地域の持続の在り方を考えていく必要があるのではないか。この本の良さは、リアリスティックな見地に立ちつつ、筆者の経験から書かれている具体例が魅力的なこと、文化面など、普通の政策論ではあまり意識されていない点が指摘されているところ。
※セルジュ=ラテューシュは著作の中でもっとラジカルかつ、もっとグローバルな観点から脱成長を論じている。こちらの本はより、観念的かつ哲学的であり、刺激的ではあるが、具体的にどうすれば良いかということへの言及は薄い。ラテューシュの本とこの本を合わせ読めば、脱成長論の理論と実践をより意識できるようになるかもしれない。
※ラテューシュは雇用問題や教育問題にも言及していた。この本の中でもコミュニケーションとしての演劇教育や、文化施設のホームレス割引などが言及されていたのが興味深い。筆者もその構成を意識しているのかもしれない。
※地域の自立を支援するような援助の必要性
※横展開できる取組ではなく、その地域でしかできない取組こそ支援するべきではないか
※国の補助金だけでなく、クラウドファンディングとかで世界から政策資金を集められないか
・日本はもはや工業国ではない
・日本において今後抜本的な経済成長は難しい
・日本はアジア唯一の先進国ではない
・少子化対策としての文化政策が重要
■第一章
・地域活性化の手段としてのアート
・コミュニケーション教育としての演劇
■第二章
・世界からアーティストを呼び込む城崎の事例
・東京ではなく、世界に目を向ける
■第三章
・新しい入学試験の在り方を四国学院大学の事例から解説
・文化資本(センスや立居振舞い)の格差を是正する教育の重要性
・いかに多くの本物に触れる経験を積めるか
・地元の高校の進学率と地方の空洞化の関連
■第四章
・しんがりのリーダーシップ
・請われれば一差し舞える人物になれ
・文化の自己決定能力
・一人ひとりが芸術家となって感性を磨き、地域の付加価値を高めていく以外に近道はない
■第五章
・同じく下り坂を前にする韓国と日本が課題を共有できる可能性
・自国の文化を他者に強要しないという意味での異文化適応力
■終章
・脱大量消費社会における教育の在り方を考える重要性
・独自の発想やコミュニケーションを育む教育の重要性
・農産品やソフトの地産地消、再エネ、医療や介護の改革
・アジアの人々を受け入れる街づくり
※経済成長率≒労働人口成長率+技術成長率+資本成長率ということを考えると、人口減少が始まり、かつ、既に先進国である日本が抜本的な成長を遂げるのはハードルが高い。この現実を頭に入れた上で財政再建や今後の日本の在り方を考えるのは堅実だと思う。人口減については、文化政策や移民政策などで食い止めを図ることも重要だと筆者は指摘している。その上で、経済成長を前提としない社会の在り方、地域の持続の在り方を考えていく必要があるのではないか。この本の良さは、リアリスティックな見地に立ちつつ、筆者の経験から書かれている具体例が魅力的なこと、文化面など、普通の政策論ではあまり意識されていない点が指摘されているところ。
※セルジュ=ラテューシュは著作の中でもっとラジカルかつ、もっとグローバルな観点から脱成長を論じている。こちらの本はより、観念的かつ哲学的であり、刺激的ではあるが、具体的にどうすれば良いかということへの言及は薄い。ラテューシュの本とこの本を合わせ読めば、脱成長論の理論と実践をより意識できるようになるかもしれない。
※ラテューシュは雇用問題や教育問題にも言及していた。この本の中でもコミュニケーションとしての演劇教育や、文化施設のホームレス割引などが言及されていたのが興味深い。筆者もその構成を意識しているのかもしれない。
※地域の自立を支援するような援助の必要性
※横展開できる取組ではなく、その地域でしかできない取組こそ支援するべきではないか
※国の補助金だけでなく、クラウドファンディングとかで世界から政策資金を集められないか
2016年1月2日土曜日
2015年12月28日月曜日
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海ゴミの深刻さについて強烈に印象づけられた本。リサイクルとリユースについては、よりホットなのはリユースで、リユースを実現させるためには法改正もあると思うけどアプリでサービスをつくったりするのもありなんじゃないかと思った。
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